●国王の座を捨て日本人女性と結婚した元オマーン国王
現国王の叔父にあたる第6代 タイムール国王が国を治めていた1935年
タイムール国王は身分を隠し、世界旅行をする中で日本に立ち寄った
そして神戸で運命の出会いを果たす
ダンスホールで踊る日本人女性と恋に落ちた
その女性は大山清子(当時19歳)
愛し合った2人は結婚を誓い合う
しかし年齢が倍以上離れている上に、結婚相手として中東の人は珍しく、
清子の両親は猛反対した
そして清子の両親は結婚にある無理難題な条件をつけた
“娘と結婚したいならオマーンではなく日本に住んでください”
タイムール国王は国王の座を弟:サイードに譲り、再び日本へ帰ってくる
出会ってから1年後の1936年、
不可能とも思われた大きな壁を乗り越え、ついに結婚
さらに驚くべきことに、妻:清子にさえ国王であることを伏せていたという
元国王だけに清子にドレスや宝石を買い与え、
神戸の丘に建てた豪邸で優雅な生活を送った
夫婦の間に1人娘が誕生、節子と名付けた
彼女は後のブサイナ妃となる女の子
娘の誕生に国王の座を引き継いだ弟のサイードが来日
この一件で夫がオマーンの国王だった事に気付く
しかし幸せな日々は、長くは続かなかった…
清子は23歳という若さで腎盂炎を患い他界した
その後、夫は兵庫県東加古川市に清子のお墓を建てるとオマーンに帰国
娘:節子の将来を考え、王族の相続権を得られるよう手配した
しかし1941年、第二次世界大戦が開戦し、日本国内は激しい戦禍に包まれた
オマーンは当時、日本の敵国であるイギリスと関係が深かったため、
タイムールもブサイナ妃も、その後、日本に戻る事は出来なかった
娘:ブサイナ妃は王宮で生活
母の死から39年後、ブサイナ妃は日本を訪れ、母の墓参りをした
人目をはばからず墓の前で泣き崩れたという
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上記には「腎盂炎」で亡くなった、とありますが、テレビでは「腎臓病」と放映されたかと思います。如何でしょうか。