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岡山県 アーヴェリール迎賓館の

ウェディングプランナー:久保田藍には忘れられない結婚式がある

2014年6月、別の結婚式場から移動してきた久保田さんが

顧客ファイルを整理していた時のこと

2007年3月11日、西澤尚志様 麻衣様と書かれた古いファイルを見つけた

それから1ヶ月後の2014年7月、久保田さんのもとに一本の電話が入った

 

新郎:西澤尚志さん、新婦:中原麻衣さん

 

2人が出会ったのは2004年、友人の紹介で知り合い、交際がスタート

2006年7月1日、2年目の交際記念日に2人は結婚を決めた

2007年3月11日に結婚式を挙げるため、2人は式場を予約した

 

しかし2006年12月、それは突然 襲ってきた

麻衣さんは突然 記憶を喪失、

夜になると何かに憑りつかれたかのように叫び続けた

原因が分からないまま精神科に入院

入院3日目、麻衣さんは突然 心静止を起こし、大学病院に緊急搬送された

人工呼吸器で心臓は何とか動いているが、

脳が眠っていていつ意識が戻るか分からない状態

さらに意識がないにもかかわらず体が勝手に動き痙攣発作を起こした

 

「結婚式は保留ってことで…いえキャンセルはしません。必ず結婚式はします」

 

意識不明の状態が何か月も続いた

それでも尚志さんは会社勤めの傍ら、

平日は出勤前の1時間、休みの日は1日3度 麻衣さんのもとを訪ねた

寝たきりで硬直している手足の筋肉をマッサージでほぐし、

耳からの刺激が脳に良い影響を与えるのではと、

麻衣さんが好きな曲を聴かせるなど献身的に付き添った

 

入院から5か月、ついに病名が判明、卵巣奇形腫による辺縁系脳炎

そもそもの原因は卵巣にできた腫瘍

異物を排除しようと体が作った抗体が何らかの異常により脳を刺激

その結果、記憶障害、幻覚、運動麻痺など様々な症状を引き起こす恐ろしい病気だった

2007年5月17日、卵巣腫瘍の摘出手術が行われた

それでも尚志さんは毎日 看病を続けた

麻衣さんが意識を失ってから1年が経った頃、麻衣さんの母親から

「もう別の人 探していいから」

「それどういう意味ですか?」

「麻衣はもう治るかどうかも分からない、そんな麻衣の為にあなたの人生を犠牲にしてほしくないの」

「嫌です。僕はもう一度枚の笑顔が見たいんです。お願いします。麻衣のそばにいさせてください」

 

入院から529日目、長い眠りから目を覚ました

しかしカメラを向けても目で追うだけ、

話しかけても返事が返ってこない、意思の疎通は出来なかった

それでも尚志さんは病院へ通う事を決して止めなかった

 

そして入院から3年経った頃、いつものようにマッサージをしていると

表情を失っていた麻衣さんが笑った

立ち上がる事は出来なかったが、日ごとに目覚ましい回復ぶりを示した

入院から1555日(4年3ヵ月)ぶりに退院

 

2012年12月21日、8年越しの結婚式

寝たきりだったため全身の筋肉は衰え、足首は伸び切り、力が入らない

麻衣さんは結婚式で元気になった姿を見せたいと過酷なリハビリを続けた

麻衣さんはバージンロードを両親に支えられながら自分の足で歩いた

2人は永遠の愛を誓った

8年間、待ち続けた式場スタッフも祝福

2015年3月、麻衣さんは両親と一緒に暮らしている

 

ちなみに尚志さんが結婚式をキャンセルしなかったのは、

麻衣さんが意識を取り戻した時、ショックを受けるかもしれないから

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